養育費の支払いを命じる家庭裁判所の審判を取得した、又は民事訴訟で金銭の支払いを命じる地方裁判所の判決を取得したものの、相手方から任意の支払いがないことがあります。
このような場合には、相手方名義の預貯金を差し押さえるなどして、強制的にその支払いを受けることが考えられます。
もっとも、店舗を有する金融機関の預金であれば、どの支店に口座を有しているのかが分からないと差押えができないのが通常です。
こうしたときには、金融機関に対する弁護士会照会を利用して必要な情報を取得することが考えられます。
ここでは、弁護士会照会について、その概略を解説します。
目次
✓弁護士会照会とは、弁護士が受任した案件を遂行する上で必要となる情報について、所属弁護士会を通じて、第三者に照会を求める手続です。
✓利用例としては、例えば、金融機関に対して、特定の人物名義の口座の有無・残高の照会を求めることが挙げられます。
✓弁護士会照会における金融機関への全店照会とは、特定の人物名義の支店名を含む口座の有無・残高の照会を求めることです。
✓類似の制度として、裁判所が行う民事執行法上の情報提供命令があります。
1. 弁護士会照会とは
弁護士会照会とは、弁護士が依頼を受けた事件について、資料を収集し、事実を調査するなど、その職務を円滑に行うために設けられた弁護士法上の制度(同法23条の2)です。
このように言うと難しく感じますが、弁護士が受任した案件における業務を遂行する上で必要となる情報について、所属弁護士会を通じて、第三者に照会を求める手続となります。
これは、個々の弁護士が照会先に直接照会を行うものではなく、弁護士会が必要性と相当性についての審査を行った上、弁護士会名義で、照会先に対して照会を行うものです。
あくまで「受任した案件」を遂行する上での必要性が要件となることから、単に「相手方の住所を調べてほしい」などといった照会そのものを目的とする依頼では照会はできません。
2. 弁護士会照会の利用例
「弁護士白書2023年度版」によれば、2022年に全国の弁護士会の行った弁護士会照会の総件数は19万3591件です。
照会先としては、金融関係、警察及び検察庁への照会が多くなっています。
非常に多くの利用がなされているため、その利用例全てを列挙することは難しいのですが、例えば次のような利用例が考えられます。
照会先 | 照会事項 | |
---|---|---|
1 | 銀行 | 口座の有無・残高等 |
2 | 電話会社 | 携帯電話の契約者情報(氏名・住所) |
3 | 運輸局 | 自動車検査証の登録事項 |
3. 弁護士会照会の利用例①:金融機関に対する照会
金融機関に対する照会としては、特定の人物名義の口座の有無・残高等を教えてほしいといった照会が考えられます。
こうした照会が行われる背景は、次のとおりです。
養育費の支払いを命じる家庭裁判所の審判が確定した又は民事訴訟において金銭の支払いを命じる地方裁判所の判決が確定したにもかかわらず、支払いを命じられた者が任意に支払いをしようとしない場合には、強制執行手続により回収を行うこととなります。
例えば、強制執行手続の一つである債権執行として金融機関の預金を差し押さえようとする場合が想定できます。
ここでは、弁護士会照会を行わずに、ある程度目途を付けて、預金の差押えを行うことも考えられますが、特定をした金融機関に口座を有していないか、残高がほとんどない場合には、満足のいく結果が得られません。
また、差押えを行ったときには、裁判所から相手方に差押えを行った事実が通知されますので、預金のある口座から金銭が引き出されてしまい、以後の強制執行が難しくなることも考えられます。
こうしたことから、差押えに先立ち、口座の有無・残高等を知りたいというニーズが生じます。
4. 弁護士会照会の利用例②:金融機関に対する全店照会
上記3の例において、裁判所に提出をする書類である「差押債権目録」で差押えを行おうとする預金債権を特定する必要があります。
この特定に必要な情報として、〇〇銀行立川支店、新宿支店などと「支店」名まで記載をする必要がある場合があります(注1、2)。
このような場合、弁護士会照会を行わずに、ある程度支店名の目途を付けて、預金の差押えを行うことも考えられますが、金融機関は数多くの支店を有しており、その全てを記載することは現実的ではありません。
そこで、弁護士会照会を通じて、金融機関から支店名を含む口座の有無・残高等の照会を行うことにより、「支店」名を知ることが可能です。
もっとも、どの金融機関に対しても行うことができるのではなく、依頼をする弁護士の所属する弁護士会ごとに利用できる金融機関が合意されておりますので、詳細は依頼予定の弁護士までご確認ください。
また、照会にあたっては債務名義(例:判決や審判)を有するなどの一定の条件があります。
注1 現実の店舗を有しないで主としてインターネットにより取引を行う、いわゆるネット銀行については通常「支店」の記載までは求められていません。
注2 金融機関の全ての店舗を対象として順位付けをして差押えを行う申立ては認められていません(最決平成23.9.20民集65巻6号2710頁)。
5. その他の利用例③:知人の電話番号から契約者情報を照会
知人に対して民事訴訟を提起したいものの、電話番号しか分からないという場合があります。
民事訴訟を起こすためには訴状という裁判所に提出をする書類に、相手方となる知人の住所を記載することが求められています。
相手方から任意に住所を教えてもらえればよいのですが、教えてもらえるとは限りません。
こうした場合に、電話会社に対して、電話番号に紐づく契約者情報である住所を教えてもらうよう、照会を行うことが考えられます。
6. 類似の制度:民事執行法上の情報提供命令
金銭の支払請求が裁判所に認められた者が相手方の財産を探すという局面では、類似の制度として、例えば民事執行法に規定されている「情報提供命令」があります。
これは、弁護士会が行うものではなく、裁判所が行うものです。
執行力のある債務名義(例:判決や審判)の正本を有する者の申立てであるなどの一定の要件を満たしたときには、例えば「第三者(金融機関)は、裁判所に対し、下記各事項の情報を提供せよ。
①債務者が第三者(金融機関)に対して有する預貯金債権の存否、② 預貯金債権が存在するときは、ⅰその預貯金債権を取り扱う店舗及びⅱその預貯金債権の種別、口座番号及び額」といった情報を提供するよう命じられることとなります。