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遺産分割前の相続預(貯)金の払戻しとは:相続開始後に必要な資金需要への対応(口座凍結への対応)

2025-01-24
遺言・相続

被相続人が死亡した場合、被相続人名義の預貯金口座は一旦凍結されてしまい、利用することができなくなります。

こうしたときに、預貯金全額を引き出すためには、遺産分割協議を成立させる、相続人全員で代表を決めて解約手続を行うことなどが考えられますが、いずれにしても相続人全員の協力が必要となります。

そのため、相続人同士の仲が悪い、疎遠であるなどの事情があるときには、相続人全員の協力を得ることは難しいでしょう。

もっとも、葬儀費用の支出など急な支出などに対応するため、相続人全員の協力を得なくても、「一定の範囲で」預貯金の払戻しを受けることのできる制度(「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度」)があります。

ここでは、この制度の概要を解説します。

目次

1 遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度とは

預貯金の口座名義人が死亡した場合において、その預貯金(相続預貯金)が遺産分割の対象となるときには、遺産分割が終了するまでの間、共同相続人全員の協力を得なければ、相続人単独では相続預貯金の払戻しを受けられないのが通常です。

もっとも、各相続人において当面の生活費や葬儀費用の支払いなどのために、一定の範囲で、相続預貯金の払い戻しが受けられるよう、平成30年に民法等の改正がありました。

この相続人が、遺産分割前に、一定の範囲で遺産分割の対象となる預貯金を単独で払い戻すことのできる制度が「遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度」です(民法909条の2)。

2 2つの払戻し制度

遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度には、具体的には、①家庭裁判所の判断を得ずに払戻しができる制度と②家庭裁判所の判断により払戻しができる制度があります。

(1)①家庭裁判所の判断を得ずに払戻しができる制度

ⅰ 単独で払戻しを受けることのできる一定額とは

単独で払戻しができるといっても、いくらでも払戻しができる、というものではありません。

各相続人は、相続預貯金のうち一定額について、単独で払戻しを受けることができますが、その具体的な金額の計算式は次のとおりです。

  • 単独で払い戻しができる金額

  相続開始時の預金額×口座ごとに3分の1×払戻しを行う相続人の法定相続分

  ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、150万円(法務省令)が限度

ⅱ 一定額についての具体例

  • 例1:相続人が長男Xと二男Yの2名で相続開始時の普通預金が600万円であった場合 ⇒Xが単独で払戻しが出来る金額は、「600万円×3分の1×2分の1=100万円」となります。
  • 例2:上記1の例において相続開始時の普通預金が1200万円であった場合 ⇒Xが単独で払戻しが出来る金額は、「1200万円×3分の1×2分の1=200万円」となりそうですが、同一の金融機関に対する権利行使には限度額がありますので、「150万円」となります。

ⅲ 金融機関から払戻しを受けるために必要な資料

必要な資料については、各金融機関に直接問い合わせを行う必要がありますが、①被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本等、②相続人全員の戸籍謄本、③払戻しを希望する者の印鑑証明書などが必要となるのが通常です。

ⅳ 払戻しを受けた場合におけるその後の影響

単独で払戻しを受けた場合、「権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす」ものとされます(民法909条の2後段)。

そのため、後日の遺産分割協議等において払戻しを受けた相続人が取得したものとして、調整が図られることとなります。

なお、東京家庭裁判所の遺産分割調停の申立書のひな形には、「事前の預貯金債権の行使の有無」を記入する欄が設けられています。

(2)②家庭裁判所の判断により払戻しができる制度(預貯金仮分割制度)

家庭裁判所に遺産分割調停や審判手続が係属している場合において、各相続人は、家庭裁判所に対して、調停・審判事件を本案とする預貯金債権の仮分割の仮処分の申立てを、審判前の保全処分として申し立てることができます(家事事件手続法200条3項)。

ⅰ 単独で払戻しを受けることのできる一定額とは

この場合における払戻しを受けることのできる一定額とは、家庭裁判所が仮取得を認めた金額、となります。

「家庭裁判所の判断を得ずに払戻しができる制度」には、上限額が設定されているのに対し、この制度では家庭裁判所が認めた金額となることから、相続開始後の比較的大口の資金需要があるが利用例としては想定されるといえます。

ⅱ 認めてもらうための要件

もっとも、裁判所に申立てをすれば、どのような場合でも認められるのではなく、一定の要件を満たすことが必要です。家庭裁判所が仮取得を認める要件としては、次のようなものがあります。

  • ①本案係属要件(調停や審判が係属していること)
  • ②権利行使の必要性(遺産である預貯金債権を行使する必要性)
  • ③他の共同相続の利益を害しないこと(例:他の相続人に具体的相続分に相当する財産を取得させることが困難となるとき)

ⅲ 金融機関から払戻しを受けるために必要な資料

必要な資料については、各金融機関に直接問い合わせを行う必要がありますが、①家庭裁判所の審判書謄本、②確定証明書及び③払戻しを希望する者の印鑑証明書などが必要となるのが通常です。

ⅳ 払戻しを受けた場合におけるその後の影響

本案である調停や審判においては、仮分割された預貯金債権を含めて遺産分割調停や審判を行うこととなります。

3 条文

(1)①家庭裁判所の判断を得ずに払戻しができる制度

  • 民法(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

第909条の2 

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

(2)②家庭裁判所の判断により払戻しができる制度

  • 家事事件手続法

(遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分)

第200条 

1~2 略

3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

著者情報

大澤 一雄

弁護士
大澤 一雄

上智大学法科大学院卒業後、司法修習修了。

2022年に大澤法律事務所開設。

趣味は水泳。

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