相続が発生したときに、特定の相続人に遺産の全部を相続させる旨の遺言が発見される場合や法律で定められた割合(法定相続分)を超える割合を相続させる旨の遺言が発見される場合があります。
これらの場合、法定相続分(法定相続分についてはこちらの記事をご確認ください。)で遺産を承継できると考えていた他の相続人にとってはショックが大きいといえます。
他の相続人に取りうる手段として、「遺留分侵害額請求」という制度があります。
ここでは、「遺留分侵害額請求」について解説します。
なお、民法改正により、遺留分侵害額請求は令和元年7月1日以降に始まった相続を対象とします(改正前は「遺留分減殺請求」という制度でした)。
目次
1 遺留分侵害額請求とは
遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)について、相続に際して法律上取得することが保障されている遺産の一定の割合のことです。
この遺留分が侵害された場合、その侵害額に相当する金銭の支払を請求することを、遺留分侵害額請求といいます(民法1046条1項)。
例えば、被相続人が母親、相続人が兄弟二人である場合において、母親が弟に全ての遺産を相続させる旨の遺言を遺したときには、当該遺言は、兄の遺留分を侵害しているものとして、兄は弟に対して金銭の支払請求を行うことができます。
○(遺留分侵害額の請求)
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 (略)
2 遺留分権利者とは
被相続人は自分の財産を自由に処分できることから、例えば遺言で特定の相続人に全て相続させることもできます。
もっとも、被相続人による自由な処分により、被相続人の財産によって成り立っていた相続人の生活に支障を来す可能性もあります。
そこで、被相続人による財産処分の自由と相続人の利益の調整を図るために、一定の法定相続人に、一定割合の保障を行ったのが遺留分です。
遺留分権利者は、被相続人の配偶者、子、直系尊属で、兄弟姉妹には遺留分はありません(民法1042条)。
3 遺留分の割合
遺留分が侵害されたときに、侵害額に相当する金銭の支払請求をすることができますが、遺留分の割合(権利者が複数のときには全員の割合)は次のとおりです。
相続人が直系尊属のみであるとき | 遺産の3分の1 |
相続人がそれ以外のとき (直系卑属のみの場合、配偶者と兄弟姉妹の場合など) | 遺産の2分の1 |
4 遺留分侵害額の計算方法
遺留分侵害額の大まかな計算方法は、次のとおりです。
遺留分侵害額=①個別の遺留分額(※)-②遺留分権利者が受けた贈与・遺贈・特別受益の額-③遺産分割により取得すべき遺産の価額+④遺留分権利者が負担する債務
※個別の遺留分額=基礎財産額×個別の遺留分割合-個別の特別受益額
5 遺留分侵害額請求権の行使方法
遺留分侵害額請求権は、形成権であり、相手方に対して、意思表示をすることによって行使することとなります。
具体的には、意思表示を行った事実を証するために、内容証明郵便の形式で、遺留分侵害額請求を行う旨を相手方に意思表示することにより行います。
この際、遺留分侵害額の具体的金は「1000万円」などと、「必ずしも金額を明示して行う必要はないものと考えられる。」とされています(堂菌幹一郎ほか編著「一問一答新しい相続法第2版」Q80参照)。
この権利の行使によって生じた金銭債務については、期限の定めのない債務となり、「具体的な金額を示してその履行を請求した時点で初めて履行遅滞に陥るものと考えられる。」とされています(同書Q80参照)。
なお、遺留分侵害額請求権は相続が開始して認められることから、相続開始前に、行使することはできません。
6 遺留分侵害額請求権の行使期間
遺留分侵害額請求権は、いつまでも請求できるものではありません。具体的には、遺留分権利者が、「遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅し」、また、「相続開始の時から10年を経過したときも」消滅します(民法1048条)。ここで、10年とは除斥期間と考えられています。
そのため、行使期間内に、前述の行使方法で請求権を行使する必要があります。
なお、請求権行使の結果として生じた金銭債権は、期限の定めのない債権であって、5年の消滅時効によって消滅します(民法166条1項1号)。
○(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
7 裁判所における手続の流れ
遺留分侵害額請求に関する話し合いが当事者間でまとまらないときには、裁判手続に解決を委ねることとなります。
遺留分侵害額請求は、「その他家庭に関する事件」(家事事件手続法244条)に該当するため、基本的には家事調停手続を経る必要があります(調停前置:同法257条)。
この調停が不成立となったときには、審判には移行せずに、民事訴訟手続で解決することとなります。
8 遺産の評価についてとくに問題となることが多い事項
具体的な遺留分侵害額は、遺産の評価額によって左右されます。
とくに遺産の評価について問題となるものとして、(1)不動産と(2)非上場会社の株式があります。これらの評価額がどのように定まるのでしょうか。
(1)不動産の評価
不動産については、当事者間で評価額の合意(評価合意)ができるかどうかの話し合いがなされます。これは、裁判外でのやりとりであっても、調停や訴訟でのやりとりであっても同様です。
この話し合いは、当事者双方が不動産会社の査定書を取り合う方法、相続税路線価にもととした評価額とする方法、固定資産税評価証明に基づく価格とする方法などがありますが、査定書を取り合う方法が一般的といえます。
仮に、評価合意ができないときには、裁判外でのやりとりであれば話し合いは頓挫することとなりますが、調停や訴訟手続であれば専門家による不動産鑑定を実施することとなります。
この鑑定は、当事者のいずれかから鑑定申出書が提出され、鑑定の条件、費用の負担関係、鑑定結果の尊重などについての合意を経て実施されることとなります。
(2)非上場会社の株式の評価
非上場会社の株式の評価についても、不動産の場合と同様に、当事者間で評価額の合意(評価合意)ができるかどうかの話し合いがなされます。
仮に、評価合意ができないときには、裁判外でのやりとりであれば話し合いは頓挫することとなりますが、調停や訴訟手続であれば専門家による株価鑑定を実施することとなり、鑑定実施の流れも同様です。
もっとも、会社所有の不動産の価格が株価に影響する場合など、非上場会社の株式の鑑定に先立ち、不動産の鑑定を実施することもあるなど、(1)不動産の評価の場合と比較すると、費用負担も大きくなり、時間がかかることがあります。
9 遺留分を事前に放棄する方法
遺留分の侵害は相続が開始してはじめて認められます。
もっとも、遺留分権利者は、相続開始前において、家庭裁判所の許可を得て、遺留分を放棄することができます(民法1049条1項)。
10 支払猶予の抗弁
遺産に不動産が含まれている場合には、遺留分侵害額請求を受けた方の支払額が多額に及ぶことがあります。
そこで、遺留分侵害額請求を受けた方は、裁判所に対して、金銭債務の全部または一部の支払について相当の期限の許与を請求できるとされています(民法1047条5項)。
これにより、裁判所が相当の期限の許与を認めると(例:2025年12月15日が到来したときは1000万円を支払えなど)、期限内については遅延損害金が生じないこととなります。
これは、すぐに遺留分侵害額に相当する金銭を用意できない場合において、請求を受けた時点から遅延損害金が生じたのでは支払側に酷な場合があることに考慮したものとされています。
11 まとめ
遺留分は複雑な制度ですので、まずは弁護士にご相談されることをお勧めしています。